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四年が経つのです

あの日、私は長男の中学校にいました。その時間、ちょうど保護者会の最中で、学年集会に移動中で音楽室前の廊下にいました。
尋常ではない揺れに、キャーキャー言う保護者さんもいて、イラッとしたのを覚えています。
「ここは学校で耐震です、落ち着いて!!」
いかにものPTAおばさんな私に、担任の先生がこそっと隠れて笑っていました。
校長の確認を取り、保護者会は解散、私は自転車に乗り急いで自宅に戻りました。
私には、二人の子供がいますが、下の娘は小学校にいるので、まずは安全だと思い、自宅にいるはずの長男の安全確認からすることにしました。
社宅に到着したとき、大きな余震があり駐車場の車の列が揺れて動くのが見えました。
その時、これは余程の地震だ、大きな被害があるかも、電気は大丈夫だろうか・・・と強い不安を感じました。

自宅の長男は、ダイニングテーブルの下で、テレビのニュースを聞きながら、なぜだかチンした冷凍おにぎりを食べていました。
私は窓と玄関を開けて、息子にコートを渡し、火事に気を付けることを言いつけてから、娘の小学校に向かいました。
小学校に到着した頃、ちょうど子供たちは教室から校庭に出てきたところで、まだ引き取りの保護者の姿はチラホラしかありませんでした。
娘は、私の姿を見つけて、誰よりも早くお迎えに来たことを喜んできゃっきゃっとしていました。
「こわーい、って泣くこもいた~、おかしいよね~」と娘はのんきでした。
校庭で、私は同じ社宅のお母さんと「被害があるかも・・・」と短い会話をしました。
まさか、大惨事を予測出来たわけではありませんでしたが、何もわからない時点で、社宅のお母さんたちでさえ、少なからず覚悟の念を不思議と抱きました。
現場はその比ではなかったはずです。
しばらく主人は帰宅出来ないのではとも思い、「子供は無事、こちらはまかせて」とメールを打ちました。




我が家はその春、引っ越しでした。
震災被害でトイレの納入が出来ないかもと言われましたが引っ越しすることにしました。
新しい土地での計画停電で、暗く重い夜でした。
とてもとても新築祝いなどの気分にはなれない状況で、また親族友人知人もそう言い出すこともありませんでした。

大変な時間が過ぎて、今日で丸四年です。
つらく悲しい思いはまだまだ続き、この先何十年払拭されることはないでしょう。
たくさんの言葉を失った人々を見、またたくさんペラペラと話す人々も見、ただただ話せない気持ちでいました。
今日はそういう日です。
ただただ言葉を失い、手を合わせます。

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