0312345678910111213141516171819202122232425262728293005

すくすく大きくなってます

キジキジカルテット、お預かりから約一週間経ちました。
みんな300gを超えて、下痢もくしゃみも鼻水もなく、とても元気に成長しています。
そろそろ個性もはっきりしてきて、見ていてとても楽しいです~。
ではでは、一匹ずつご紹介!
ちなみに、我が家では、名無しの状態で保護猫をお預かりした場合には、「いろはにほへと~」で順番に命名していて、キジキジカルテットの四匹には「誰そ 常ならむ 有為の」までをバラして、たれぞーくん、つねくん、ナランちゃん、ういのちゃんとなりました~。



ミルク順で紹介いきますよ~。
トップバッター、たれぞーくんは、若干の長毛ふわふわで、おおらかな男の子。ミルクは熱燗好みで躊躇せず一気にいきます!満腹になったらもうお腹を見せてコロコロ、ゴキゲンでじゃれて遊んでいますが、だいたい最初に眠くなるタイプ、そのままの格好で眠り落ちます~。
二番手はナランちゃん。このこは元気で頭のいいお姉さんタイプ。ういのちゃんと激似だけど、少しういのちゃんより小顔。運動神経も良さそう~、もう、せまい箱の中からは出たくて出たくて、目が合うと「だっこちて」と主張されます~(笑)。
三番手はつねくん。若干スリムで小顔、ナランういのよりほんの少し色黒なんだけど、白いアイラインがきりっとしててハンサム。少し物静かで慎重なタイプだけど、哺乳瓶を吸う力はハンパない!ポテンシャルを秘めてます~(笑)。
最後はういのちゃん。ぬる燗好みで、「あちゅいじゃにゃいの、うにゃうにゃ…」と小言を言う(笑)。しかし丸顔で可愛い過ぎ、ついついその天真爛漫さを許しちゃう姫さまタイプ~。

さぁ、上記を踏まえて、もう一つの新着動画「おしくらまんじゅう~」で、誰が誰だか判別にチャレンジ(笑)、どうぞ!!

スポンサーサイト

コメントの投稿

secret

COMMENT

こんにちは。

毎日新聞で今年の1月17日に配信された記事が感慨深かったので長文ですが入力してみようと思います。

昨年、脳腫瘍で余命半年と宣告されたアメリカ人女性が安楽死で生涯を閉じ、日本でも生死観を巡り議論になった。日本の法律は、人間の安楽死を認めていない。ただ、動物医療では規制はない。愛するペットが安らかな死を迎えるために、飼い主は安楽死と向き合わなければならない時がくるかもしれない。

*飼い主が最終判断
「ペットと一緒に暮らすと言う事は、そのペットの『命の委任状』を預かっているということ。まず、飼い主がその認識を持つ事が大切です。」
動物の終末期医療に詳しい日本獣医生命科学大の鷲見月美教授は言う。

癌等の病気や突発的な事故で、ペットの「生命の質」を保てない事がある。「動物医療に於いて、安楽死は治療の選択肢の一つです。時と場合によっては最後の救いになります」と言う。「自分以外の命の生死を判断する権利があるのか」と、疑問に思う飼い主もいるかもしれない。鷲見教授は「ペットの命そのものは飼い主の手の内にあり、権利と同時にその義務がある。その命とどう向き合うかを、最終的には飼い主が決めなければならない」と強調する。

では、安楽死はどのような時に選択肢となるのか。鷲見教授は「改善の可能性がない呼吸困難や、コントロールできない痛みで、生きている事がつらく苦しい場合」を挙げる。ただ、ペットの「命の質」は看護に当たる飼い主の経済的、時間的余裕等の状況でも変わるため、個々に応じた判断が必要となる。


* 獣医で異なる見解
安楽死に対しては、獣医師の中でも見解が分かれ、認めない人もいるという。記者が以前取材した動物愛護センターでは、改善の見込みもなく病気で苦しむ犬の安楽死を獣医師に断られ、センターに持ち込んだ飼い主がいたという話を聞いた。「安楽死は非常にストレスのかかる仕事です」と鷲見教授。普段からかかりつけ医を持って信頼関係を築き、安楽死への考え方など意志疎通を十分にしておく事が重要だ。

安楽死の際は、ペントバルビタールと言う麻酔薬が用いられる。麻酔量を越える大量のペントバルビタールを、点滴と同じ方法でゆっくりと静脈内に入れる。最初にペットの意識がなくなり、次に呼吸、心臓の順に機能が停止する。処置中にペットが吐いたり、失禁したり、足を動かしたりする可能性もあるが、「苦しいため起こる行動ではありません。薬液を入れた段階で意識はなくなり、痛みはありません」と話す。

* 「最善の選択か」
愛するペットの安楽死を決断するまでに、飼い主は思い悩む。家族全員で答えを出す必要がある。「死に目に立ち会う事で、苦しまなかった事、静かな最期であった事を確認出来る。可能な限り、飼い主には同席して欲しい」と鷲見教授。例えば小型犬や猫ならば飼い主が抱いた状態で、大型犬ならば敷物を敷いた床に寝かせ飼い主が寄り添う事も出来る。
記者自身も12歳目前のシーズーが、乳癌末期で呼吸困難となり、安楽死させた経験がある。水を飲む事も食事をとる事もできず、ただ苦しむ愛犬に苦渋の選択だった。命を奪う事への自責の念と同時にやっと楽にしてあげられた安堵感があった。
鷲見教授は「安楽死を決断するにあたっては、獣医師と十分に話し合い、ペットにとって『安楽死が最善の選択』だと、飼い主が納得する事が最も大切。納得のいく最期を迎える事が出来たかどうかは、ペットを失った悲しみからの立ち直りにも大きく影響します」と話す。



ふう~、なかなか頑張ってみました(笑)

我が家の愛犬達は15歳と12歳です。上記の事も考えておかなければならない時期に入ってきたな、と思っています。昔は一緒に死んじゃおうかと思っていた程でしたが。

先週末、マンションの近くの土手にピンクのキャリーバックが置かれており、側にドッグフードと段ボールに仕事で日本を不在にする旨を走り書きした物が置かれていました。
私達が気付いた時にはキャリーバックには何も居らず。
愛護センターに持ち込まないだけまし…と言う事でしょうか。
ふざけてます。

Re: タイトルなし

私個人の考えです。同意していただかなくても大丈夫ですよ(笑)。

私は「安楽死」に違和感を持っています。
「生きる」とか「死ぬ」とかにさえ自己決定権があるという考え方はどこか西洋的であるように感じます。
もちろん、合理的な現代社会において自己決定は大切な価値観ではありますが、それが「権利」であり「義務」となると、人には欲が発生し、安楽死する一人称の権利が安楽死させる二人称の権利にさえつながっていくと思います。
もし、お腹の中に生きている子供に障害やトラブルがあることを知ったとき、誰が自己決定権を持つのでしょうか?
胎児が安楽死を望むのでしょうか、母体が安楽死を望むのでしょうか?
両者がそれを望まずこの世に生まれてきたとして、誰かが「安楽死」させるべきだったと「権利」を主張しないとは言えるでしょうか?
私は「生きる」「死ぬ」に価値観を設定することに違和感があります。
誰もが、無様にもがき苦しんでみっともなく迷って困って「生きて」「死んで」いいじゃありませんか?
そう感じています。


土手に飼い犬を置き去りにした方には、犬の命に対する責任の他に別の問題があると思います。
ようは、自分が国を出るという状況下で、誰にもその犬の命を預けるだけのコミュニティー、信頼関係を知人友人家族に構築することが出来なかったというその方の生き方の問題です。
保健所持ち込みというキツイ自己決定権などという選択に分け入るよりも、逃亡回避を選択したわけです。
そのような人が、世界のどこで仕事をし生活をしようとそのような人生しかないのではないのでしょうか。

犬と猫は人間と共生することを選んだ不思議な生き物です。本当にどのような個人に出会うかで、幸せ不幸せが決定づけられてしまいます。
人の在り方が質されるだけなのですね。

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ももひなかーさん

Author:ももひなかーさん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR