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キンモクセイ

土曜日の早朝、洗濯物を干しにベランダに出たら、キンモクセイの香りがふわっとする。
叔父さんの庭を覗き込むと、明るいオレンジ色の点々が開きつつある具合であった。

毎年毎度のこの香りではあるが、いつでもその香りは瑞々しく懐かしい。
そして、私の、ひとつの思い出の宝物でもある。
今日はそのお話・・・。



娘がまだ、二歳を過ぎたころ。
息子は四歳で、その年の春から二人を保育園に通園させており、毎日毎日、前と後ろに子供座席がある、そしてオランダ製の両脇掛け鞄をくくりつけた改造ママチャリに乗って、日々の送り迎えをこなしていたのだが、
その行きか帰りかの出来事・・・。
前座席に座る小さな娘が、走行中に「ママのにおいがする、ママにおいがする」と、いう。
「ああ、キンモクセイね、キンモクセイっていう花の匂いよ」

どこかの家の庭木が香っていたのであるが、娘はまだ「ママ、ママ」言っている・・・。
とりたてて日常的に、私がキンモクセイの香りの何かを愛用していたというわけではないので、娘がなぜ、キンモクセイをママのにおいだというのだろうと訝しかったのだが、
根拠がいるような歳の子でもないので(笑)、多分それは、娘のイメージの世界での思い込みなのだろう・・・。
そう理解するとともに、何だかわたしの心は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

その頃の私は、小獣のような息子が毎日引き起こす事件で、いつも泣き出したいくらいに疲れ切っていて、
とてもとても、小さな娘に十分な注意や意識を向けてあげることは出来なかった。
それなのに、娘はとてもママっ子で、保育園のお迎え時はいつも、「毎日毎日、母を訪ねて三千里の再会シーンですね」と保母さんに大笑いされるほど、喜びを爆発させて胸に飛び込んでくる有様で、
しかしそれは私にとって、内心、二歳で嫌がる子を保育園に預けた苦さを噛みしめるお迎えであって、とても笑えることではなかった。
そんなこんなで、私はいつも娘には「なぜこんな母を娘はいじましくも慕うんだろう・・・」と悲しく、それは障害の可能性を告げられていて母子のコミュニケーションが成立しない息子との対比もあって、ますます深く沈む思いであった。

娘が思う母に、私はなれない。
キンモクセイの香りのような優しい存在に、私はなれない。
当時の、母を母として認識しない長男に「便利な道具」扱いの状態であった私に、母の自信というものはひとかけらもなかった。
だからこそ、ただただキンモクセイの香りは甘く悲しく、娘の嬉しそうな声に、私の心は張り裂けてしぼんだ。




これから先、もし私が生きているうちにタイムマシーンが出来たのなら、あの日に戻って、私は私に伝えたい。
「あなたはとてもよくがんばっていましたよ、泣くことはないから」
キンモクセイの香りがする時期になると、私はそう思う。
いつか「過去」に、溺れて死にそうな私を救い出しに行かなきゃと思う。





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