FC2ブログ

ねこと話し~ねこの話

一応、猫ブログ

  1. 未分類
  2. tb: 0
  3. cm: 0
  4. [ edit ]

そう思ってました

保護犬・猫のガールズトーク 少女たちが大人にずばり注文

一方で、中山さんは「猫が治らない病気で、見守ることしか出来なかった時は、つらくなりました。でも、引きずっていたらダメ。次の子を幸せにできなくなってしまう」ときっぱり。(上記リンク記事内より)




私もずっとそう思ってました。
不幸なこはたくさんいるのだから、次から次へと預かり預かり譲渡譲渡・・・、それをするのが正しいのだと。
でも「しんどい」ある日、はっと、「それって誰の正しさよ?」と思いました。
もちろん、割り切ることが出来て次の子を幸せにしたい、と心底思うことが可能であれば、その人はそう活動していけばいいのだと思います。
でも私は違ったので、続けることを止めていい、と思えました。





ずっとずっと前のことですが、療育センターに通うお母さん達のよもやま話で、「次の子どもどうする?」という話題が話されたことがありました。
・・・産む、だってこの子にはきょうだいの協力が必要でしょ~と言うお母さん・・・。
・・・産まない、次の子が同じ状況だったら、と思ったら怖くて産めない~というお母さん・・・。
それぞれの意見のどれも、そのお母さんの切実な思いである以上、みんな正しいのだと思えました。

我が家の場合は、というと・・・
とーさんは第三子を望んだのだけれど、私は「三回目の帝王切開は嫌、お腹切って縫って切って縫って、もうこれ以上は嫌」と断りましたが、本当の理由は、自分の努力ではいかんともしがたい障害というものに激しく傷つき消耗していたからでした。

もしタイムマシンが私の生きている間に完成して、その日に出向くことが出来るのならば、私は昔の私になんと言うのでしょうか?
「大丈夫だよ、あなたはよく頑張るよ、繰り返しても何でもない」と言うのでしょうか、
「どんなにかギリギリで頑張ってきたね、もうこれでいいんだよ」と言うのでしょうか・・・・・・。





人はみんな違う。
似たようなことをしても理由も意義も違う。
わかることもあればわからないこともある。それで仕方ない。


スポンサーサイト






 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


最新トラックバック